多々羅雁太といふのが、いつも彼が作中であつかふ真面目過ぎて滑稽な人物の名前であつた。

彼は帽子もかむらず蓬々とした髪の毛を額に垂し、紺絣の着物の胸を大切さうに両腕で抱へながら、夢中で何ものかを探し索めてゐるかの様子であつた。彼は常々夥しい近視眼で、真向のものをねらふやうな前かがみに愴惶しい大股ですすむのが癖だが、まはりがそんなけしきであつたせゐか、その姿が、如何にも危急を告げる非常な...

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何処から迷ひ込んで来た悲劇の主人公であるかのやうな、顔の蒼白い、丈のひよろりとしたひとりの青年が眼鏡を光らせながら、いかにも一心さうに傍目も触れず人々をわけて登場して来た。

 加けに同居者と云へば、その犬の仔一匹であるためか、いつの間にか私は余程の愛着を覚えてゐて、それが、いたづら子たちにとりまかれてそんな芸当を覚えさせられたら堪らぬ――と、私は常規を脱して、迷信的に辟易しさうだつた。ともすればタンタレスの拷問にかかつてゐるが如くに自分の上を想像して厭世的になり勝ちの私...

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もともと私は、犬のそんな類ひの芸当は、見るも嫌ひなのだ。

 青葉の木の間を転げるやうに逃げてゆく伝が、嘲りの口笛を鳴らし、倉が、「マル、マル、マル……」 と私の飼犬の名を呼んだ。「目マルの怒りんぼう。手前えの蛙ぢやなかんべえ。」 彼等は口々に、目マル、目マル――とはやしながら姿は見せぬのだが、それよりも私は奴等にマルを誘はれてはならぬと慌てて、「...

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